1945年10月

戦時中、 もんぺ姿が一般的であった女性たちは、戦後、アメリカ軍の進駐という歴史のなかで、西洋の服装・ファッションに強い憧れを抱くようになります。しかし、既製品がなく、物資も限られている時代。人々が「着たい服」を手に入れるためには、自分で作るしかありませんでした。そのような時代のニーズに応える形で終戦後すぐに飯能ドレスメーカー女学院は設立され、今日のファッションの基礎を築いていくこととなったのです。
| 1948年5月 | 各種学校認定 |
| 1954年3月 | 学校法人認定 |
| 1954年8月 | 全国ドレメ認証校協会設立発起人として、杉野学園ドレスメーカー女学院認証校となる |
| 1958年4月 | 杉野学園指定校制度設立 優良校として県下一の指定校となる |
| 1976年3月 | 専修学校制度制定により、大川女子学園家政専門学校として許可昇格 |
| 1980年10月 | 高等課程に大学入学資格付与(文部省告示第126号) |
| 1992年11月 | 赤い羽根共同募金の奉仕優秀校として、日本顕彰会より社会福祉貢献表彰 |
1993年5月~1995年4月

戦後の復興から高度経済成長期を経て、日本社会は大きな変化を遂げました。新しいものが次々と生み出されて消費されていくなかで、約半世紀にわたり服飾と女子教育を学校の主軸にしてきた大川学園も、新たなフェーズへと移行します。1980年には高等学校の卒業資格が得られる環境を整備し、1993年には情報ビジネス科、生活アート科を新設し、男女共学に体制を転換。1995年には福祉科も開設し、裕福になった社会のなかでも変わらずに「人間教育」を実践し続けられるよう、時代に合わせた改革に取り組んでまいりました。
| 1995年4月 | 福祉科を設置 |
| 1995年6月 | 創立50周年記念式典 |
1996年4月

高等学校に福祉科を開設したことを契機に、大川学園は福祉教育の充実に本格的に取り組むようになります。国家資格である介護福祉士を養成する機関として、大川学園福祉教育専門学校を新設。心の痛みも和らげられる医療人、心にも寄り添える福祉人を育てることを基本理念に、今日に至るまで数多くの介護福祉士を輩出し続けています。
| 1996年4月 | 校名を向陽台大川高等専修学校に変更 |
| 1999年3月 | 高等課程家政科を廃止 |
| 2003年4月 | 大川学園医療専門学校、開校 厚生労働大臣指定・柔道整復学科、鍼灸学科を設置 |
2005年7月

週1日の登校で卒業を目指せる通信制高校、大川学園高等学校が開校します。加えて、大川学園医療専門学校と大川学園福祉教育専門学校を統合し、大川学園医療福祉専門学校に。柔道整復学科、鍼灸、介護福祉学科の3学科体制がスタートしました。2003年には現在の校舎が完成していたこともあり、設備・制度の両面からより幅広い学生を受け入れる体制が整いました。
2018年には大川学園医療福祉専門学校を柔道整復学科、介護福祉学科の2学科体制に変更。現在に至るまで、地域における医療・介護に携わる一員として活躍できる人材の育成に力を注ぎ続けています。
| 1972年5月 | 共同募金25周年にあたり、埼玉県共同募金会会長から表彰 |
| 1975年3月 | 大川二郎理事長、大川愛子学校長、埼玉県私立学校総連合会名誉会長 埼玉県知事表彰、永年勤続功労賞表彰 |
| 1978年6月 | 大川二郎理事長、全国専修学校各種学校総連合会長より、永年役員として 私立教育に尽くされた功績により表彰 |
| 1980年11月 | 大川二郎理事長、埼玉県教育委員会より教育功労賞表彰 |
| 1981年11月 | 同、(財)全国服飾学校協会より服飾功労表彰 |
| 1982年11月 | 同、飯能市より教育功労表彰 |
| 1983年11月 | 大川愛子学校長、(財)全国服飾学校協会より服飾功労表彰 |
| 1984年11月 | 同、埼玉県知事より産業教育百年記念教育功労表彰 |
| 1985年11月 | 大川二郎理事長、専修学校制度十周年にあたり、文部大臣より教育功労表彰 |
| 1987年11月 | 共同募金運動40周年記念厚生大臣表彰 |
| 1990年2月 | 大川愛子理事長、海部俊樹内閣総理大臣より紺綬褒章授与 |
| 1990年11月 | 同、飯能市長より教育功労表彰 |
| 1992年11月 | 赤い羽根共同募金の奉仕優秀校として、日本顕彰会より社会福祉貢献表彰 |
| 1993年4月 | 理事長・学校長大川愛子、叙勲勲五等瑞宝章受賞 |